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前立腺がん

前立腺がんとは?

 前立腺は膀胱の出口に位置する男性特有の臓器です。栗の実のような形をしており、精液を産生し、射精に関係する生殖器です。また、排尿にかかわる役目があり、尿が漏れないようにする役目を司る括約筋の一部でもあります。前立腺は大きく内腺(肥大の発生母体であり、前立腺がんの30%がここから発生します)と、前立腺外側の外腺(前立腺癌の70%がここから発生します)に分類されますが、前立腺がんが進行すると骨転移やリンパ節転移を起こすことが多くみられます。日本人男性に年間8-9万人の前立腺がん罹患が報告されています。診断時の平均年齢は70歳であり、の罹患率は年齢とともに高くなります。

症状は?

 初期の場合はほとんど自覚症状がありません。頻尿、尿勢低下等の症状を訴えられる方の多くは前立腺肥大症や前立腺炎の場合が多いのですが、精査によりがんが検出されることもあります。近年は、PSAによる検診やスクリーニングが積極的に行われるようになり、早期がんで発見される患者さんが多くなってきています。

診断は?

 前立腺がんの検査では、まず直腸指診による診察や前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)を血液検査で測定します。PSAは一般的に4ng/ml未満が正常値となっていますが、4〜10ng/mlの場合では30-40%、10ng/ml以上の場合では50〜80%の方に前立腺がんが存在するといわれています。しかし、PSAが4ng/ml未満でもがんが発見されることがあり、最近ではPSA値、直腸診、経直腸式超音波検査あるいはMRI等によって前立腺がんが疑われる場合は、確定診断のために積極的に針生検を行います。超音波で観察しながら、細い針で前立腺の組織を採取し、顕微鏡で癌細胞の有無を確認します。当施設では年齢、前立腺の大きさを考慮して6〜12カ所の系統的針生検を行っています。さらにはMRIで異常所見を認めた症例におきましては、系統生検に加えてその異常所見部に対してMRI/超音波画像融合前立腺針生検や、MRI画像による空間認識による生検(cognitive生検)を行っております。また、初回生検で陰性の場合の再生検では前立腺全体からまんべんなく組織を採取する飽和生検(Saturation生検)を行っています。がんを認めた場合はCT、MRI、骨シンチグラフィーを行い、前立腺がんの広がり、リンパ節転移、骨転移の有無を確認します。

系統前立腺針生検 (±MRI画像による空間認識による生検 (cognitive生検))

外来、日帰りで行っております。無麻酔で行っており、日帰りで検査が可能です。
直腸からエコーを挿入し、6〜12カ所の系統的針生検を行い (系統前立腺針生検)、MRIで異常所見がある方にはその部位を術者が認識し、追加で生検を行います (MRI画像による空間認識による生検 (cognitive生検))。

MRI/超音波画像融合前立腺針生検

MRI画像で、前立腺癌が疑われる患者さんに対して行います。
基本的には腰椎麻酔 (下半身の麻酔)で行います。2泊3日の入院となります。
また、通常の検査及び入院費用に、別途先進医療のため10万円の追加料金が必要です。
会陰部から組織を採取します。12カ所の系統的針生検を行い、さらにMRI画像と、術中のエコー画像を融合し、その部位をめがけて生検を行います。

飽和生検(Saturation 生検)

前立腺針生検を受け、前立腺癌が見つからなかった患者さんにおいて、その後以前前立腺がんが疑われる患者さんに対して行います。
基本的には腰椎麻酔 (下半身の麻酔)で行います。2泊3日の入院となります。
会陰部から組織を採取します。前立腺全体からまんべんなく組織を採取します。そのため、癌の見落としが少なくなります。

治療は?

以下のリスク分類に基づき治療を行っております。基本的には下記表に基づき治療方針を決定しますが、患者さんの希望と相談しながら治療法を決定しております。

転移のない前立腺がんにおけるリスク分類

低リスク※ 中リスク 高リスク※※ 超高リスク
T ステージ cT1-cT2a cT2b-2c cT3a cT3b-T4
グリソンスコア (悪性度) 6 7 8-10
PSA値 10未満 10-20未満 20以上

※低リスクは3つの項目すべて満たす 
※※高リスクは3つの項目のうち1つを満たす

当科での治療方針

前立腺全摘術
(ロボット)
外照射
(IMRT)
小線源 監視療法 ホルモン
低線量 高線量
転移のない前立腺がん 低リスク ○※ -
中リスク ○※ - △-
高リスク ○+IMRT - -
超高リスク - - ○+IMRT -
転移性前立腺がん - △+IMRT △+IMRT -

IMRTおよび小線源治療においては、一部の中リスク、高リスク、超高リスク症例にはホルモン療法を併用します。
※一部の適応症例に対して局所低線量率密封小線源治療を行っております

1.ロボット支援下前立腺全摘除術

 前立腺、精嚢を一塊として摘出し、膀胱と尿道断端を吻合する手術です。またリンパ節転移の有無を確認するためにリンパ節郭清も同時に施行します。がんが前立腺内にとどまっており、10年以上の生命予後が期待される方に対して根治の可能性が高く、長期予後が期待されます。合併症として尿失禁、性機能障害等があります。当施設では、前立腺がんのリスクにより、高リスク前立腺がんではより高い根治性を目指して、前立腺周囲の組織をより広範囲に切除する拡大前立腺全摘術を積極的に施行しています。一方、低リスク前立腺がんでは、性機能の維持、尿失禁予防のために、レチウス腔温存ロボット支援下前立腺全摘術を行い、性機能や尿禁制の維持に努めております。

ロボット支援下前立腺全摘手術とは
これまで前立腺癌に対する手術療法は、開腹手術もしくは腹腔鏡手術が主流でした。開腹手術では下腹部を約10cm切開し、前立腺と精嚢と呼ばれる部分を摘除し、尿道と膀胱を吻合しますが、しばしば出血量の多さが問題になっていました。一方、腹腔鏡手術では下腹部に5〜6か所の穴(直径5〜12mm)をあけ、細長い鉗子を用いて手術を行います。創が小さく、術後の痛みが少ないため、開腹手術に比べて短期間の入院ですみ、社会復帰も早いことがメリットとされています。また炭酸ガスを使用することで出血量を抑えることも可能とされています。ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘手術は、腹腔鏡下手術のメリットである、「少ない出血量」「小さな創で術後の痛みが少ない」「早期の退院と社会復帰」を可能としながら、「鉗子の動きの制限」や「手術技術の習得の難しさ」を克服した手術方法であると考えていただいたらよいと思います。

1.出血量が少ない
従来の開腹手術と比べて圧倒的に出血量が少なくて済みます。輸血の可能性もほとんどありません。

2.小さな創で術後の痛みも少なく、回復が早い
創部は8-12 mm の小さな創が6カ所となり、術後の痛みも少ないとされております。そのため術後の回復も早く、早期の退院が可能となります。

3.機能温存(尿禁制や性機能)の成績が向上
従来の手術法に比較して、尿失禁からの回復が早く、性機能温存の向上が報告されています。

手術支援ロボット、ダヴィンチでは、7つの関節をもつ自由度の高い鉗子を操作し、また、拡大可能なカメラで3次元画像を見ながら手術を行うことが可能となります。これにより、これまでの手術よりも繊細かつ、より確実な切除ができるとされております。

ロボット支援手術の注意点
手術支援ロボットは安全性の高い、低侵襲手術を可能にした「優れもの」ですが、「完璧なもの」ではありません。これには以下のような理由が挙げられます。

1.触覚がない
ロボット支援手術では触覚がありません。これまでの前立腺手術においては、触覚や視覚を頼りに切除ラインの設定や組織を持つ力加減を調整してきました。しかし、ロボット支援手術では触覚がないため、視覚を頼りに切除ラインの設定や組織把持の力加減を調整しなければなりません。そのため、この特性を十分に理解し、十分なトレーニングを積んだ医師が慎重に対応する必要があります。

2.頭低位と呼ばれる特別な体位で手術を行います
ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘手術では頭低位(頭を25-30度下げた態勢)と呼ばれる特別な体位で手術を行います。そのため、未治療の脳動脈瘤や緑内障をお持ちの方は外来担当医にその旨お申し出いただきますようお願いいたします。

2. 放射線治療

 放射線を前立腺へ照射して癌細胞の遺伝子を破壊し、がんを根治する治療です。外部照射法と組織内照射法があります。当院では直腸への線量を減らす目的に前立腺と直腸の間にスペーサー(SpaceOAR)を留置することを適応症例には積極的に行っています。

3. 強度変調放射線治療 (IMRT)

 IMRTは放射線量の強弱を調整しながら病変のみに高線量を照射することができますので、正常組織・臓器のダメージを最小限にすることができます。体の外から照射しますので、体を切ったり、針を刺したりすることはありません。
IMRT治療の適応があると判断された場合は、放射線治療科に受診していただき、そこで治療計画が立てられます。IMRT治療の準備にはある程度の時間を必要とします。CTの画像を用いて緻密な治療計画を立てる必要があるからです。治療がスタートしてからも約2ヵ月の間、月曜日から金曜日の週5回、毎日の通院期間が必要となります。

4. 小線源治療(ブラキセラピー)

 組織内照射法としてヨウ素125密封小線源を用いた密封小線源療法(ブラキセラピー)、およびイリジウム192密封小線源を用いた高線量率小線源治療(HDR)を行っています。合併症として周囲臓器への障害があり、膀胱直腸刺激症状(頻尿、頻便、排尿時排便時痛等)を認めることがあります。がんが前立腺内にとどまっている限局性前立腺がんおよび局所進行前立腺がんの方が対象となります、治療成績は手術とほぼ同等とされています。当施設では、密封小線源療法を近畿地方で最も早期に導入し、放射線治療科の協力のもと多数例に施行しています。

ヨウ素125密封小線源を用いた密封小線源療法 (低線量率密封小線源治療)
前立腺癌に対する永久留置法による小線源療法は欧米、特に米国においては古くから行われている治療です。特にこの10数年は医療機器の進歩に伴い、治療成績が向上し積極的に行われております。日本では放射線物質の取り扱いに伴う法律等の制約のため、この治療が施行できなかったのですが、2003年に医療法、放射線障害防止法の法的な制約が緩和され、国内においても施行可能な治療法になりました。
 この治療法は一口で言うと、弱い放射線を発する小さなシード線源を前立腺内に埋め込み、前立腺内部から癌の治療を行うものです。日本及び米国の長期成績をみても、合併症が少なく、治療が簡便である上に、手術療法と比べても遜色の無いものです。また、高リスク症例では、ホルモン治療、外部照射と小線源治療を組み合わせたトリモダリティ(Tri-modality)の成績は手術を凌駕する成績です。ただし、すべての前立腺癌に適応できるものではなく、癌の臨床病期、悪性度、前立腺の大きさ等から治療対象とならないものもあります。また、非常にまれなケースではありますが、重篤な合併症もあるのが事実です。
 奈良県立医科大学においても、近畿地方では最初の施設として、2004年7月より治療を開始し、2021年8月末までに1634例の治療実績があります。現在、週に最大3名の患者さんを治療しております。今回、本院において前立腺癌に対する永久留置法による小線源療法を考えておられる方へ、十分にご理解いただいた上で治療を受けられることをお勧めいたします。

5. 局所低線量率密封小線源治療

 低リスクや一部の中リスクの前立腺癌と診断された患者さんにおいては、治療を行わず経過をみる監視療法、前立腺を摘出する手術、放射線による治療、いずれも選択可能です。しかし、治療を行わない監視療法においては、前立腺癌を治療しないという不安、および後に半数の患者さまにおいて手術や放射線治療を受けるといった問題点があります。一方、手術治療や放射線治療においては、治療後の排尿機能および性機能の低下を避けることができません。そこで、性機能や排尿機能の低下を抑えながら、前立腺癌を治療する方法として、局所治療が注目され、当院では局所低線量率密封小線源治療を行っております。

◎局所密封小線源治療
当院では2004年から密封小線源治療を行い、現在までに1500例以上の患者さまに行ってまいりました。従来の密封小線源治療は前立腺全体に線源を留置し、前立腺全体を治療します。一方、局所密封小線源治療においては癌が存在している部分のみに線源を留置します。留置する線源を減らし、放射線の照射量を減らすことで、性機能や排尿機能の低下を抑えながら、前立腺癌を治療することを可能とする治療です。

局所密封小線源治療

しかし、前立腺癌が本当に一部に存在するのかを飽和生検※(麻酔をかけて、前立腺のすべての部位に生検を行う)を治療前に行い、さらに、治療3年後に治療効果を判断するために行います。つまり、2回生検検査が必要となります。また前立腺癌大きい患者さまには適応となりません。

局所密封小線源治療のながれ

6. 高線量率小線源治療(HDR)

 奈良医大では、2004年からヨウ素125密封小線源治療を開始し、優れた長期成績を報告してきております。これまでは、がんが前立腺被膜外へ進展する(T3a)方までは対象としてきましたが、精嚢浸潤 (T3b) の方は、強度変調放射線治療(IMRT)による治療を行ってきました。
近年、前立腺局所に十分な線量を投与することで前立腺癌の死亡率を低下できることが判ってきました。外部照射のみでは十分な線量を処方することが難しいのが現状です。一方、組織内照射と外部照射を組み合わせることで、より高い線量を前立腺へ照射可能となります。精嚢浸潤症例ではグリソンスコアが高い方が多く、短時間で局所に高線量を投与できる高線量率(HDR)ブラキセラピーが非常に良い適応になります。
奈良医大では2018年10月からイリジウム192密封小線源を用いたHDRブラキセラピーを開始しました。原則4泊5日の入院で、治療前に4ヶ月、HDRブラキセラピーと外部照射(46Gy/23回)の期間2ヶ月はホルモン治療を併用します。また、悪性度が高い方やリンパ節転移が疑われる方、PSAが高い方では放射線治療後2年間ホルモン治療を併用します。
奈良医大では、前立腺がんの方々に、PSA監視療法、手術(ロボット支援下)、IMRT、低線量率ブラキセラピー(ヨウ素125)を行ってきましたが、さらに超高リスク症例に対して、新たな治療法としてHDRブラキセラピーが加わりました。関連病院では、陽子線治療も行っております。それぞれの患者さんに最適の治療を、がモットーです。
高線量率(HDR)ブラキセラピー

7. 監視療法

 組織検査の結果により、悪性度が低いがんや年齢、併存疾患を考慮して、定期的なPSA測定や直腸診、画像検査あるいは再生検検査により、無治療で経過観察を行うこともあります。監視療法は、適切な時期に根治治療を介入することを前提とした治療法です。
当科では、定期的にPSAを測定し、必ず1年後前立腺針生検を行い、前立腺がんの進行がないかを確認し、監視療法の継続を行っております。また、それ以後もMRIを組み合わせえて、必要な時期に再生検を行い、適切な時期に根治治療が介入できるようにしています。

8. 内分泌治療

 基本的には転移のある患者さんへの治療となります。
前立腺がんは男性ホルモンの作用により進行するため、この男性ホルモンを前立腺に作用させなくする治療法です。抗男性ホルモン薬、LH-RHアナログ製剤、女性ホルモン、アンドロゲン受容体阻害薬等の薬があり単剤もしくは併用により治療します。副作用は発汗、女性化乳房、体重増加、心血管疾患などがあります。数年の短期間では高い効果を示しますが、4-5年の中期から長期間の治療になるとこれらの薬物治療に抵抗性のがんの再燃を認めるようになります。基本的には転移のある前立腺がん患者さんに適応となり、若い患者さんで前立腺内にがんがとどまっている患者さんには、手術や放射線治療を積極的に行っています。
近年新規の薬剤や治療法の有効性が転移性前立腺がんに対して示されてきております。ドセタキセルの早期投与や、転移が少ない患者さんにおける前立腺に対する放射線治療、新規のアンドロゲン受容体阻害薬等など、患者さんの前立腺がんおよび全身状態を考慮し、治療法や薬剤選択を行っております。

9. 去勢抵抗性前立腺がん

 最初に行われた内分泌治療が、前立腺がんに対して治療効果がなくなっている前立腺がんを去勢抵抗性前立腺がんと呼びます。近年、去勢抵抗性前立腺がんに対して新規の薬剤が本邦で使用可能となっています。患者さんの前立腺がんおよび全身状態を考慮し、薬剤選択を行っております。
また、当院では積極的に治験(新薬の臨床研究)にも参加しており、適応のある患者さんには積極的に参加の意思を確認させていただき、参加いただいております。